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第12回研究会(2015年10月2日)

平石直昭(東京大学名誉教授・丸山眞男文庫顧問)「丸山眞男・一九五六年度講義の概要」

東大法学部における丸山の日本政治思想史講義は、これまでに、敗戦前後の時期と一九六〇年代半ばの四年間分とが公刊されてきた。しかしその中間にあたる五〇年代の後半部分は未公刊のままである。この報告では、まず五〇年代後半の丸山講義を復元する意義について考察し、ついで私が担当している五六年度講義のうち、第二章分までの概要を紹介した。


五〇年代後半は、丸山の学問・思想の形成にとって重要な時期にあたる。五八年一一月に出た座談会「戦争と同時代」で丸山は、自分が知的格闘の対象としてきた天皇制とマルクス主義の両方が近年実体性を失い、それに対応して自らもここ一二年精神的なスランプだと発言している。しかし実際には当時の丸山は結核療養生活を終えたあと、旺盛な知的活動を再開している。五六年から五七年にかけて『現代政治の思想と行動』(上・下)を公刊して大きな反響をよび、その後も「反動の概念」(五七年一一月)、「日本の思想」(五七年一二月)、「ベラー「徳川時代の宗教」について」(五八年四月)などの力作を矢継ぎ早に出している。とすれば彼がいう「スランプ」は何を意味するのか、よく考えてみる必要があろう。


この問題を考える上で、同時期の丸山の講義を検討することは重要な意味をもつ。六〇年代以後に理論化される「原型」論の祖型や、論文「開国」や「忠誠や反逆」等で示される日本思想史に対する新しい分析視角が講義の中で萌芽的に示され、次第に分節化されてゆく様子がわかるからである。別言すれば、この時期の講義を復元して同期の既刊論考と併読すれば、古代以来の日本思想史に接近する彼のモチーフや思索の深化過程が一層よく理解できるのである。こうした点に五〇年代後半の講義を復元する意味があると考える。


五六年度講義の底本としたのは丸山の自筆ノート(東京大学出版会刊『丸山眞男講義録』第六冊の「解題」「付」参照)であるが、これは五九年度にも使われており、両年度の仕分けが難しい部分がある。またノート上の断片的なメモを、講義で敷衍しているような箇所も多い。こうした部分については受講した学生二人(横溝正夫、近藤邦康両氏)の筆記ノートを参照して編者の責任で文章化する方法をとった。


この年度の講義全体は六章からなるが、第四章以下は徳川時代の思想史を扱っており、上記の自筆ノートには対応箇所がない。従来の講義原稿ないしノートを再利用していると思われる。とくに第五章の石門心学論と第六章の国学論は四八年度講義録と照合すると、ほぼ後者と一致している。ただ第四章「徳川封建制と儒教思想」は、以前の原稿類の中に同定できる資料を発見できていない(後に山辺春彦氏が、これに当たると思われる資料を文庫所蔵原稿類から発見して教示してくれた)。第三章「武士階級の意思(観念)形態」まで復元作業は終わりつつあるが、当日は時間の関係もあり、序文、第一章「神国思想の端緒的形態」、第二章「鎮護国家と末法思想」までの概要を、主題や項目に即して紹介した。